さまざまな職業で活躍する人に迫るWorker’s file。第5回目は、元力士という経歴を活かし、現在は“相撲モデル”として世界を飛び回る田代さんに迫ります。
―仕事内容を教えてください。
まず、自分が起業した会社で、web制作に関わる仕事をしています。相撲モデルとしては、外国人の方がビジネストラベルで日本に来た時に開催する、ホテルでのパーティーなどに出演しています。芸者さんや忍者がいたり、日本人からするとベタすぎるくらいの内容で、そこに相撲というコンテンツもあるので、相撲取りとして出演しています。あとは、CMや雑誌などに出演したりもしています。
―相撲を始めたキッカケを教えてください。
通っていた小学校にたまたま土俵があったので、小学2年生の時から地域のクラブチームに参加していました。当時は遊びの感覚でやっていたのですが、体が大きかったのもあって、最初に出た大会で優勝しちゃって。だけど小学4年生の時に、いつも勝っていた相手に投げられて、すごく悔しくてものすごく泣いて。それがキッカケで相撲に対して本気になりました。小学生のくせに相撲の名門中学である明治大学付属中野中学校に出稽古に行ったり、自分からいろいろなところで修行をして。そういった日々を過ごしていたので、いきなり全国レベルになり、その次の年には全国大会で優勝して、わんぱく相撲の横綱になりました。そこからはそのまま明治大学付属中野中学校に入学して、高校・大学でも相撲を続け、大相撲の世界に入りました。しかし足首を怪我してしまい、そこをかばう形で膝が悪くなってしまって。お医者さんにも「これ以上続けたら歩けなくなるよ」と言われたんです。その時に引退のことを考えるようになり、チャレンジだけではなくて現実を見る時だなと思いました。現役時代には本当にすごい世界を見させてもらって、上には上がいることを知ったので、今でもそれが心の糧になっていると思います。
―相撲モデルとなった経緯を教えてください。
初めて“相撲モデル”としての仕事をした時は、元相撲取りがまわしを締めてステージに立って四股やすり足をしてくれるだけでいいと言われたのですが、実際はマゲもないし、現役から離れたみっともない体も恥ずかしくて。でもステージに出てみたら相撲の人気がすごくて、30分の予定が1時間ステージから降りられなかったんです。こんなに喜んでもらえるなら仕事になるなと思ったので、“相撲モデル”としての仕事を始めました。
―相撲モデルとしてのポリシーを教えてください。
相撲モデルはみんなを笑顔にする仕事だと思っています。今まで何千人という人と一緒に写真を撮ってきたのですが、その写真がその人の想い出になってくれると嬉しいなと思いますね。実際に、滞在先のインドの山奥のホテルで朝食を食べていたら「僕のことを覚えているか?」とインドの方に話しかけられたことがあって。正直僕は覚えていなかったんですけど、日本に来た時に一緒に写真を撮ったことがあったらしく、その写真を見せてくれたんです。僕が滞在していたインドで偶然僕を見かけて声を掛けてくれて。本当にすごいことだと思いました。
―高校生にメッセージをお願いします。
高校生は本当に何でもできると思うので、とにかくいろいろなことにチャレンジして欲しいです。僕は一番の原動力はチャレンジして失敗することだと思っています。そこで悔し泣きをして、そこから這い上がるためにはどうすればいいのかを一生懸命考えて欲しいです。失敗をバカにされてもいいので、それを“今に見ておけ”って思える強さを持って欲しいなと思います。
【ごっつあんです】ごっつあんです
相撲界で使われる“ありがとうございます”という意味の言葉。“ご馳走さまです”が簡略化されたと言われている。“いただきます”という意味でも使用され、“ごちそうさまでした”は“ごっつあんでした”となる。
自分自身の体
180センチ、180キロ、元相撲取りとしての体が、仕事には欠かせないもの。裸になるため、クリームなどを塗って肌には気を遣っているそうです。
田代さんがプロデュースするお店
『トンテキ元気・浅草ちゃんこ場』
東京都台東区西浅草2-27-10 豚八ビル
http://tonteki-genki.com/