さまざまな職業で活躍する人に迫るWorker’s file。第72回は、埼玉県桶川市にある創業136年の老舗和菓子屋「五穀祭菓をかの」の六代目女将で、個人ブランド「萌え木」を立ち上げた榊萌美さんに迫ります。
榊萌美(さかき もえみ)
埼玉県桶川市出身。“人のためになりたい”という思いから、教師を目指し大学に進学するも中退。アパレル会社勤務を経て、実家の和菓子屋「五穀祭菓をかの」に入社。大ヒット商品「葛きゃんでぃ」を開発したほか、六代目女将として商品開発や営業など多岐に携わっている。2021年に個人ブランド「萌え木」を設立。若い人たちが思わず手に取ってしまいたくなるような和菓子の開発をしている。
◆嫌なことがあった時に、すぐに切り替えられる自分の方が好き
仕事内容を教えてください。
和菓子のネット通販の対応、営業や広報、経営戦略、商品開発など多岐にわたります。職人にしかできないお菓子作り以外のことはなんでもやっています。
現在の仕事に就くまでの経緯を教えてください。
昔から“人のためになりたい”という思いが自分の軸にありました。一度教師を目指し教育学部に進学しましたが中退してしまって。勉強や人間関係で悩んでいたのですが、決め手になったのは実習先の先生との人間関係でした。“就職しても、同僚や上司と気持ちよく仕事ができるかな”と考えた時に難しいと感じ無気力になり、学校に行かなくなってしまったんです。同級生がキラキラした新生活を送っている中、私は学校も行かずバイトばかり。スタートは同じだったはずなのに、何故自分だけ止まっているのだろうと自分に自信がなくなり周りに劣等感を抱いていました。その頃、母が入院してしまい父とお店の今後について話しているのを聞き、自分に自信のない私は“きっと誰かがなんとかするだろう”と聞き流してしまいました。そんなある日、同級生のお母さんに会い「お店継いだの?」と言われ、詳しく聞いたら小学校の卒業式で言っていたそうなんです。家に帰り当時の映像を観たら本当に言っていて。その頃の私は忘れ物も多く、勉強も苦手でしたが自信を持って言う姿が輝いて見えました。その時に、自分はできないやつと決めつけ、自分自身で可能性を潰していたことに気づいたんです。“人のためになりたい”という目的のための手段として教師を目指していましたが、目的さえぶれなければ手段は変わってもいいのではないかと思いお店を継ぐことにしました。
仕事をする中で幸せを感じる瞬間を教えてください。
お客様が「ありがとう」と言ってくれる瞬間です。お客様の大切なお金をいただいている私たちに対して、感謝の言葉までかけてくださるなんて、こんなに幸せなことはありません。お客様の気持ちに寄り添ってきたその積み重ねが「ありがとう」に繋がっていると思うと、“これからも全力でお客様に喜んでいただける商品作りやサービスを行なっていくぞ”と熱い気持ちが溢れてきます。
今までで印象に残っている出会いはありますか?
私のひいおじいちゃんの代からお店に来てくれているお客様です。現在、私は自分のブランドも立ち上げているんですけど、それを「をかの」内でやるかどうか悩んだ時期がありました。そのお客様は、私のひいおじいちゃん、おじいちゃん、お父さんそれぞれの代でできたをかのとの思い出を話してくれ、「あなたの代になってお店は変わったよね」と言いました。“あ、怒られるのかな”と思っていたら「あなたがお店を変えてくれたおかげで私が大好きなこのお店が残ってくれて嬉しい。変えてくれてありがとう」と言ってくださって。その言葉を聞いて、思わず泣いてしまって、それと同時に“ここは自分のお店ではなくて、地元の人のためにあるお店であり続けたいな”って思ったんです。「をかのはずっと地元の人のための和菓子屋さん」そう考えるきっかけになった出来事でした。
個人ブランド「萌え木」について教えてください。
多くの和菓子屋さんは経営を続けることが厳しくなっているのが現状です。自分は和菓子屋さんのために何ができるだろうと考え、和菓子に馴染みのない方が日常に和菓子を取り入れるきっかけを作ろうと立ち上げたのが「萌え木」です。代表作である一口サイズの羊羹「YOKAN-予感–」といった商品開発や、ポップアップ販売、企業とコラボした商品のプロデュースなどをしています。
仕事をする上で保たれているポリシーはありますか?
「自分の好きな自分でいる」ということです。例えば、嫌なことがあった時に、ずっと落ち込んでいる自分よりもすぐに切り替えてケロっとしている自分の方が好き。自分のアンガーマネジメントやコントロールする上でも、自分の好きな自分でいることは大事なことだと思っています。
失敗した経験と、乗り越え方を教えてください。。
うちの看板商品に「葛きゃんでぃ」というアイスがあるんですけど、それが爆発的に売れた時にお店の体制が整っておらず、従業員や家族に負担をかけてしまいました。20年以上勤めてくれた職人さんが辞めてしまったり、SNSで誹謗中傷を言われたり、辛いことも多い時期でした。その中でも一番辛かったのは、父の知り合いの方に「お前がアイスを作ったせいで、みんな苦しんでいる。過労でお父さんが死んだら、お前のことを人殺しって言うからな!」って言われて、家に帰ってから「悔しい」と泣いてしまいました。「悔しい」って言葉が出るってことは図星だったんだろうなって思います。人のために継ごうとしたはずが、私のせいでみんなを苦しめてしまっている。申し訳なさで何もかも辞めたいなと思っていたのですが、葛を扱っている問屋さんが卸に来た時に「ありがとうございます」って言ってくださったんです。「コロナ禍で注文もキャンセルになっている時に、をかのさんの葛きゃんでぃがテレビで紹介されたおかげで、他のお店でも作り始めて、注文が入り始めたんですよ」って。それ以外にも、他の和菓子屋さんから「うちも作ってみたいです」といった声をいただいたりして、“人のためになれていたんだ”って気づいたんです。コロナ禍で売り上げが伸びるなんて良いことなのに、みんなに悲しい思いをさせてしまったのは私の力不足。次同じことが起こった時は誰も悲しまないように、みんなが笑顔で仕事ができるように、絶対変えたいという思いから本気を出し始めました。それが今に繋がる良いきっかけになりました。
高校生へメッセージをお願いします。
自分の好きな自分でいるということは、戦う相手は他人ではなく自分自身ということ。人は生まれながらにして持っているカードで戦うしかないけど、努力次第でそのカードは増やすことができます。それはきっと自信に繋がる。自分のことが嫌いになってしまった時は、一度立ち止まり自分の幸せを思い返してみてください。自分の好きな自分でいるために、尊敬や憧れる人の好きな部分を真似するのもおすすめです。だんだん自分のことが認められるようになってきたら、人に対して優しい気持ちになり、より良い人生が始まるはずです。
お仕事言葉辞典 和菓子屋六代目女将編
【岡混ぜ】おかまぜ
練り上がった状態の餡に味を足すこと。餡子の練り途中に味を足すこともありますが、風味に違いが出てくるそう。をかのは新しい商品を作る時は、初めに岡混ぜで何種類も作って、味を決めているそうです。
お仕事道具見せてください
財布兼携帯ケース、Apple Watch
よく財布を無くしていた榊さん。携帯ケースと財布をまとめ、スマホと時計を連動させたことにより財布を無くすことが減ったそう。財布の中には現金の他名刺やカード類、鍵など必要なものを入れています。